藤川大祐 授業づくりと教育研究のページ

藤川大祐のブログです。千葉大学教育学部教授(教育方法学、授業実践開発)。プロフィールは「このブログについて」をご覧ください。

旭川いじめ事件 三つの論点

旭川市の中学生がいじめを受けた案件で、昨日、調査委員会がいじめの認定について中間報告を行い、多くのメディアで報じられています。中間報告の全文は、以下に掲載されています。

 

news.yahoo.co.jp

 

私も取材を受け、北海道文化放送北海道新聞でコメントを取り上げていただいています。

 

この事件は昨年から文春オンラインが継続的に取り上げていて、書籍としてもまとめられています。文春オンラインの一連の報道がなければ、ここまで話題になることはなかったでしょうし、それまでいじめを認めていなかった旭川市教委が重大事態の調査を行うことは難しかったものと思われます。

 

これまでも法令やガイドラインに従わず、いじめや重大事態の認定を怠る教委が多かった中で、またこのようなことが起こってしまったことは許しがたいことです。しかも今回は、市教委が当初から適切な対応をとっていれば被害者が亡くならずに済んだ可能性があるのですから、関係者の責任は非常に重いと言うしかありません。

 

多くの報道がすでになされていますが、私はまだ注目が必要な点があると考えています。具体的には、以下の3点です。

 

  1. 旭川市教委や学校は、なぜ道教委の指導まであったのに本件をいじめと認めなかったのか。
  2. 被害者遺族の不満は、具体的にどういった点にあるのか。
  3. 犯罪相当の行為を「いじめ」としてのみ報じるのはまずいのではないか。

 

以下、それぞれについて述べます。

 

1. 旭川市教委や学校は、なぜ道教委の指導まであったのに本件をいじめと認めなかったのか。

 

本件がいじめ防止対策推進法上のいじめに該当することはあまりにも明白であり、なぜかいじめと認めていなかった市教委に対して、道教委は複数回、いじめとして対処するよう指導していたと報じられています。それでも市教委は頑なにいじめだと認めず、今回の調査委員会の発表でようやくいじめだと認められたことになります。なぜ市教委も学校も頑なにいじめだと認めなかったのか、不可解です。

 

いじめがあった当時の中学校の教頭が次のように言ったと母親が記録しています(NHK「クローズアップ現代」ホームページより)。

 

『これは単なる悪ふざけ、いたずらの延長だったんだから、もうこれ以上何を望んでいるんですか』っていうことをずっと繰り返し言われました。 

 

一つの可能性としては、このような発言に教頭の本音が表れていることが考えられます。本件で主に問題になったのは、上級生男子生徒が被害者に性的行為をさせたことです。学校としては、被害者が上級生との間であまり健全でない交遊をしていて、その中で悪ふざけあるいはいたずらの度が過ぎたという認識をもっていた可能性があります。端的に言えば、被害者にも問題があったのだから、起きているのは当事者間のトラブルであり、学校は対応する立場にないと考えられていたのではないでしょうか。

 

児童生徒間のトラブルであっても、いじめ防止対策推進法のいじめの定義を満たしていれば、当然、いじめとしての対応が必要となります。しかし、児童生徒間のトラブルであることといじめであることとがあたかも排他的な関係であるような論理的誤謬が学校現場の一部に見られ、児童生徒間のトラブルだからいじめではないという誤った論理によっていじめであることが否定されることがあります。本件でも、このようなことが起こっていた可能性があります。そして、そうなる背景には、被害者側にも問題があるという認識があると考えられます。

 

なお、本件について多くの報道が出ている中で、被害者が加害者である上級生とどのようにして関わるようになったのかが、あまり具体的に報じられていません。被害者は中学校に入学してすぐ、加害者である上級生と関わり、被害に遭っています。オンラインゲームをやっていたという話はありますが、単にゲームで知り合っただけで、どうして酷い被害に遭うほどの関係になったのかがわかりません。学年が違えば、学校生活ではあまり接点はないはずです。このあたりのことがわからないので、学校の対応についても理解が難しくなっているのかもしれません。

 

2. 被害者遺族の不満は、具体的にはどのような点にあるのか。

 

報道では、被害者遺族は今回の調査委員会の発表に不満をお持ちとのことです。いじめに関して遺族の話を調査委員会が聞いていないということのようなので、不満が生じるのは当然です。被害者側の話を丁寧に聞くのは事実の解明において当然必要なことなので、調査委員会が話を聞かないのは、理解に苦しみます。

 

もし遺族の話が聞けていたら調査にどのように影響が生じたのかが、気になります。今回の発表でも加害者たちの行為が大変酷いものであったことはわかるのですが、遺族としては異なる捉え方をされているのかもしれません。いずれにしても、調査において被害者側の話をしっかりと聞いてもらわなければ困ります。

 

3. 犯罪相当の行為を「いじめ」としてのみ報じるのはまずいのではないか。

 

本件でいじめとされている行為の中には、犯罪に該当すると考えられるものがあります。わいせつな写真を撮らせる行為は児童ポルノ製造、性的な行為をさせることは強制わいせつ罪あるいは強要罪に該当するものと考えられます。しかし、報道の中でこうした犯罪にあたるという話があまり出ていないので、違和感を覚える人も多いのではないでしょうか。

 

文春オンラインによれば、加害者の一人の行為は児童ポルノ製造に該当するものの、行為者が14歳未満だったために刑事責任は問われず触法少年として厳重注意され、他の数名については強要罪の該当が検討されたが証拠不十分で厳重注意にとどまったとのことです。

 

本来であれば、本件は女子中学生に対する酷い犯罪として取り扱われるべきで、加害者にどのように指導をし、被害者をどのようにケアすべきだったかが問われるべきだったのではないでしょうか。ところが、このような議論は見られず、いじめかどうかばかりが注目されてきました。

 

「いじめは犯罪です」と言われることがありますが、いじめ防止対策推進法で定義されるいじめは犯罪よりもずっと広い概念です。教室の中で「いじり」をしたり無視をしたりすることは、された側が苦痛を覚えればいじめですが、もちろん犯罪ではありません。いじめの中に犯罪に該当するものとそうでないものがあるわけです。そして、いじめ自体に法律上の罰則がなく、犯罪には罰則があることを考えれば、いじめでも犯罪でもある行為については、まず犯罪として捉えることが必要ではないでしょうか。

 

昨日からの報道の中で、加害者の行為を犯罪として捉えたものがないことが私は気になっています。

 

 

本件は、まだまだ解決していません。今後も調査委員会の動向や関係する報道に注意を向けていきたいと思います。