藤川大祐 授業づくりと教育研究のページ

藤川大祐のブログです。千葉大学教育学部教授(教育方法学、授業実践開発)。プロフィールは「このブログについて」をご覧ください。

「ゴロ野球」の実践に学ぶ、参加としての特別支援

私の研究室の名称は、「授業実践開発研究室」。私は大学院生時代から「授業づくり」を主なテーマに研究をしており、2001年度、千葉大学大学院教育学研究科修士課程に授業づくりをテーマとした「カリキュラム開発専攻」が設置されたタイミングで千葉大学に採用され、そのときから研究室の看板は「授業実践開発」としています。全国でも珍しい看板ではないでしょうか。ちなみに、カリキュラム開発専攻はその後複数回の改組を経て、現在は「学校教育学専攻 横断型授業づくり系」として、教科・領域等の枠組みにとらわれない授業づくりを研究するコースとなっています。このようなコースも、珍しいと思います。

 

千葉大学教育学部では、2年生の終わりから学生が研究室に所属し、卒論研究に臨みます。我が研究室には各学年10名前後が所属しており、現在は2年生を迎えたばかりで、3年生を中心にゼミを行い、4年生は先日卒論を提出して2月5日(土)の卒論発表会で卒論の内容を発表します。それぞれ多様な研究テーマで研究を行っています。

 

▽藤川研究室 2022年度卒業論文等発表会

https://fujikawaken.peatix.com

 

個性あふれる3年生たちはそれぞれ魅力ある卒論テーマに取り組んでおり、ゼミで議論を重ねているわけですが、一人の学生が掲げたテーマが、障害のある子どもが取り組める野球的なスポーツでした。この学生はずっと野球をやっていて、パラスポーツというかアダプテッド・スポーツに関心をもち、野球はどうかということになったわけです。そして、この学生が見つけたのが「ゴロ野球」でした。次の論文があります。

 

和史朗(2011)重度障害者を対象としたアダプテッド・スポーツの試み-肢体不自由特別支援学校における野球指導を通して-、北翔大学北方圏生涯スポーツセンター年報、2、57-62

 

上記論文によると、ゴロ野球とは、「選手個々の心身機能・身体構造の状況に合わせた個人ルールが一人一人に適用されて行われる野球」です。まさに、一人一人に合わせたスポーツである「アダプテッド・スポーツ」です。論文を読めば一通りのことは書かれているのですが、どういうものなのかイメージするのは難しく、まして卒論研究につなげるとなると論文を読むだけではどうしようもないと、私たちは考えました。そして、和(にぎ)史朗先生に直接お話を聞けないものかと考えるに至りました。千葉大学規定の謝金と交通費は私の研究費でなんとかなるので、ダメで元々で学生から和先生に「ゼミにお越しいただいてお話をうかがえませんか」というお願いの連絡をしてもらいました。

 

幸い、学生からの突然の申し出を和先生は快くお受けくださり、去る1月17日(火)、私たちのゼミにお越しいただけることとなりました。和先生は現在、東北福祉大学にお勤めで、仙台から千葉までいらしていただけることとなったわけです。

 

かくして、ゼミ生(主に3年生)、委託研究生4名、研究室アドバイザー、大学院生といった人たちとともに、和先生のお話をうかがいました。和先生は、たくさんのスライドを見せてくださいながら、暖かい語り口で、和先生が養護学校教員や大学教員として取り組んでこられたことや、ICFモデル等の理論的背景、そしてゴロ野球の実際の様子等を楽しくわかりやすく話してくださいました。

 

お話のポイントは、ICFモデルなのだと思います。ICFというのはInternational Classification of Functioning, Disability and Health の略で、日本語では「国際生活機能分類」とされます。2001年にWHO総会で採択されたものです。従前のICIDH(国際障害分類)が障害があるためにできないことがあるという考え方につながるものだったのに対して、ICFは心身機能や身体構造を中立的に捉え、どうやったら活動に参加できるかを考えることにつながるものだと、理解しました(詳しくは上記論文参照)。

 

障害があっても活動に参加できるようにするというのは、一般論としてはよく聞かれるものと思われるかもしれません。でも、和先生の実践はとことん具体的です。身体障害がある子どもたちが「野球をやりたい」と願うのであれば、「障害があるからできない」などとはせず、とことんどうすれば野球ができるのかを和先生は考えるわけです。そうしてできたのが、ゴロ野球というわけです。

 

ゴロ野球という名称からすると、投手がボールをゴロで投げ、打者はそのゴロを打つと考えられるかもしれません。打者にとってはボールを打つ行為が三次元でなく二次元になるから打ちやすい、と考えたくなるでしょう。でも、ゴロ野球のルールでは、まずはともかく投手は一般の野球と同様に空中でボールを投げ、打者はどんなに身体が不自由でも空中でバットを使って打撃をしようとします。・・・ツー・ストライクまでは。

 

ツー・ストライク後は、打者によって、そのまま投げてもらう、ゴロを投げてもらう、ティーに乗せたボールを打つ(ゴルフ打ち)のいずれかになります。ツー・ストライクになるまでは打者は誰でも同じように空中で打ち、ツー・ストライクになったら一人一人に合わせた条件で打つわけです。

 

私はゲームのルールをどう変えるかということに関心があるのですが、このようなルールは目から鱗でした。途中まで同一の条件、途中から一人一人に合わせた条件というルールの作り方を、意識して考えたことはありませんでした。考えてみれば、途中までは同一の条件で挑戦ができ、その後は自分に合わせた条件で言ってみれば平等な参加ができるというのは、うまい方法だと思います。和先生によれば、子どもたちは上達したいので、ツー・ストライク後にゴルフ打ちしかできなかった子どもがゴロ打ちになったり空中で打ったりできるように練習したりするのだそうです。挑戦と参加の両方が保証されるこのルール、素敵です。

 

興味深いことに、このような打撃ルールがあることに対応して、投手にもゴロ専門のリリーフ投手という役割が発生します。映像で見せていただきましたが、四肢の麻痺が重く随意運動が極めて困難な選手が、車椅子からボールを落とし、自分の脚にボールを当てて正確にゴロを投げる技術を習得し、ツー・ストライク後にゴロ投球を求められた際にだけ登場するリリーフ投手として活躍していました。

 

もちろん打撃だけでなく、走塁や守備や投球についても一人一人に合わせたルールが設定されていて、全員が野球を全力でプレイすることが可能となっています(詳しいルールについては上記論文参照)。大会での試合の様子を動画で見せていただきましたが、上半身だけで豪速球を投げる投手、ホームランを量産する強打者から、繊細なゴロ専門投手、手が不自由ながら空中で打つことに挑戦する打者など、一人一人の個性が発揮され、1球ごとにドラマのある白熱した試合が展開されていました。

 

和先生のお話をうかがって、スポーツへの参加が人のQOLに大きく貢献することやルールの工夫で活動の質が高められることを実感しました。私たちが関わる学校の授業等の場においても、もっとルールを工夫し、一人一人が本気で参加できる状況を作れるのではないかと思います。

 

ゴロ野球は現在でも北海道で大会が行われているそうなのですが、これほど面白いものがほとんど知られていないことはもったいないと思います。大会の模様がネットで紹介されたり、ゴロ野球を題材にした漫画作品が生まれたりしたら、ゴロ野球の魅力が多くの人に伝わるのに…と思います。学生の研究もよいものとなり、来年の卒論発表会でしっかり発表してもらえるようにできたらと願っています。