藤川大祐 授業づくりと教育研究のページ

藤川大祐のブログです。千葉大学教育学部教授(教育方法学、授業実践開発)。プロフィールは「このブログについて」をご覧ください。

学校での生成AI活用について、今、考えていること

ブログに投稿することが久しぶりになってしまいました。この1年近く、文部科学省の「学校DX戦略アドバイザー」に任命いただいたこともあり、学校での生成AI活用について関わる機会が多くなり、このところ講演の機会が何度かあったので、現時点で考えていることを少し書いておきたいと思います。

 

まずは最新の講演資料を下に公開しておきます。

 

www.dropbox.com

 

この講演資料は、2024年2月14日に超教育協会のオンラインシンポジウムでお話しさせていただいた際の資料です。

 

lot.or.jp

 

現時点で、私が強調したいと考えている点は、以下の3点です。

 

第一に、生成AIとはどのようなものなのか、言葉の意味を確認することです。生成AIの場合には、「生成AI」という言葉よりも「GPT」、すなわち Genarative Pre-trained Transformer という言葉の意味を確認することが大切だと考えます。Generative(生成的な)という部分がどうしても注目されますが、私はむしろ Pre-trained(あらかじめ訓練された)とTransformer(変換するもの)という二つの語に注目したいと思います。

 

講演資料より


Pre-trained(あらかじめ訓練された)については、自然言語を大量に学んでいることに加え、間違った情報(まだある程度はありますが)や差別的・攻撃的な表現がかなり避けられるようにチューニングされていることが大きいと考えます。このため、ChatGPT等の生成AIは、バランスの取れた平均値のような回答をすることがかなりの程度、可能となります。この特性を踏まえておくことが、活用において重要です。

 

Transformer は、GPTのベースとなったGoogle開発の大規模言語モデルに付けられた名称です。この言葉の原義は「変換するもの」あるいは「形を変えるもの」です。Transformer は、自然言語を多次元ベクトルの数値的表現に変換し、そうした数値的表現で処理された結果を自然言語へとまた変換するものです。Transformer 内部では、似た意味を持つ自然言語が近い数値で表現されていて、その数値が処理されていると、想像することができます。生成AIを完全なブラックボックスとして見るのでなく、大まかにでもどのような処理をするものかという想像をしておくことが、教育場面での活用においては重要であるように思います。

 

第二に、「AIと人間との協働」という観点から、生成AIの活用を考えることが重要だと考えています。資料の中でも、藤井聡太さんの将棋、YOASOBIの音楽、大谷翔平選手のピッチングやバッティングについて、触れさせていただいています。

 

講演資料より

 

藤井聡太さんは、AIを活用し従来の将棋の常識とは違う戦い方を研究し、そうした戦い方を実戦で使えるようにしました。YOASOBIは、ボーカロイドに歌わせていたような楽曲を、人間であるikuraさんが歌うことで従来にない音楽を作っています。大谷翔平選手は、NHKスペシャル(下記)で報じられたように、コンピュータを使ってピッチングフォームやバッティングフォームの新たな可能性を研究し、新しいフォームをトレーニングすることで、大きく曲がる変化球「スイーパー」を投げたり(このことが負傷につながった可能性はありますが)、アッパースイングを基本にしても高めの球をホームランできるようになったりしました。

 

www.nhk.jp

 

このようにハイレベルな話でなくても、自分が苦手だけれども学びたいことを学ぶのに、生成AIは大きな可能性を導いてくれます。試みに、ChatGPT(無料で使えるGPT 3.5)で高校数学の微分をどのように学べるかやってみたのですが、次のようにすることでかなりのことができそうだということがわかりました。

 

  • 私は高校生で、数学が苦手です。微分がわからないので、微分をゼロから学ぶ方法を教えてください」と頼むと、基本概念の理解、微分の定義を学ぶ、微分の基本ルールを学ぶ、微分の計算例を解く、微分の応用を学ぶ、問題を解く、継続的な学習と実践といった方法で学べると教えてくれる。
  • 微分の基本概念について詳しく教えてください」と頼むと、詳しい解説をしてくれる。
  • そもそもなぜ微分を学ぶ必要があるのですか」と頼むと、関数の挙動の理解、自然理解や社会現象のモデリング、科学や工学の応用、応用数学への基盤といった意味があることを教えてくれる。
  • 歴史的には誰がいつ、微分ということを考えたのですか」と頼むと、アルキメデスニュートンライプニッツといった人が微分に関して行ったことを説明してくれる。
  • 微分は、世界中のどこの国でも同じように教えられているのですか?」と問うと、微分の原理は世界中で共通していて、どの国でも基本的には同様に教えられているが、教育方法やカリキュラムは違うかもしれない、と説明してくれる。
  • 微分の基本概念の理解を試すようなテストをしてください」と頼むと、練習問題をとりあえず5問出してくれる。

 

このように、疑問に思ったことを片っ端から質問し、習熟に必要な練習問題を解くといったことを、重ねていくことが可能です。高校までの教育内容や大学での一般教養程度のことであれば、このような形で、一人でハイスピードでの学習を進めることが可能ではないでしょうか。生成AIには言語や国の壁も基本的にはないので、他の国では同じようなことがどのように教えられているかを尋ねることも容易です。従来の学習環境では、教師に質問する機会は限られていたでしょうし、教師に答えられない質問には答えが得られないままとなりがちでした。しかし、生成AIを使えば、24時間いつでも、「そもそもなぜ?」とか「歴史的には?」とか「他の国では?」といったことまで含め、思いつく質問に対して瞬時にある程度の回答を得ることが可能です。このようにして、学習という営みをAIとの協働で行うことが可能であり、従来の学校ではできなかった学び方が可能になることが想像されます。

 

ただ、「AIと人間との協働」について、しっくり来る概念が今のところないのかなとも思っています。資料にもいくつか関連しそうな概念を書きましたが、ここで言いたいことにちょうど当てはまる概念はないように思います。

 

第三に、生成AIの活用には、鋭く質問することがかなり重要になるということがあります。プロンプトエンジニアリングということとも通じると思いますが、決して1回の入力で凝った回答を得るための技術ということでなく、粘り強く質問を重ねて、疑問を解決できるようにすることが重要だと考えています。

 

講演資料より

 

私は長く、教師の発問やディベート教育に関わってきており、質問の技術についてはいろいろな場面で扱ってきたつもりです。人間相手の質問では、相手に対する丁寧さが重要になりますが、生成AI相手であれば丁寧さをあまり考える必要はないので、ともかく根掘り葉掘り質問するということでいいのかなと考えています。

 

とはいえ、講演資料でも書いたように、いくつかポイントはあるのかなとも思います。生成AIにしつこく質問することで、こうした質問のスキルが身につけられると思いますし、そこに一定の丁寧さを加えれば、人間相手にも話を深める質問をすることができるようになることと思います。

 

日本社会では時として、「質問をするのは失礼」とされることがあります。あからさまに問うのでなく、察することが大切なのだと考えられることもあるように思います。授業や講演でも、なかなか質問が出ない場合があります。おかしな質問をして恥ずかしい思いをするくらいなら質問はしないほうがよい、と考えられることが多いのかもしれません。しかし、こうしたやり方を変えなければ、察したつもりで相手の考えを聞かないというようなことが繰り返され、結果的に権利侵害が横行することが続いてしまいます。生成AI活用が、質問するスキルを高める契機になるといいなと期待しています。