藤川大祐 授業づくりと教育研究のページ

藤川大祐のブログです。千葉大学教育学部教授(教育方法学、授業実践開発)。プロフィールは「このブログについて」をご覧ください。

「ミニマックス戦略」を教える授業

 今年度後期、千葉大学教育学部附属中学校で、学生たちとともに「社会を読み解く数学」という選択授業(3年生対象)を行っている。  この授業で現在、「グリコゲーム」(じゃんけんをしてグーで勝ったら「グリコ」で3歩、チョキで勝ったら「チョコレート」で6歩、「パー」で勝ったら「パイナップル」で6歩進むゲーム。この場合は2人制とし、歩幅の違いはないものとする)を題材に、「ミニマックス戦略」を扱っている。「ミニマックス戦略」とは、最大(max)の損失を小さく(mini)にする戦略のことである。(このゲームについては、私どもの研究室に在籍していた武蔵振一郎さんが授業で取り上げ、研究したことがある。 http://ace-npo.org/fujikawa-lab/bulletin.html 参照。)  毎回の勝負に勝つ確率が一定であれば、チョキばかり出す戦略(戦略と言うには素朴すぎるように思えるが、これも立派な戦略である)が最も有利であると思われる。チョキで勝てば+6歩、負けても-3歩だ(歩数は相対表記)。だが、仮に相手がグーばかり出す戦略をとれば、チョキばかりの戦略では全く勝つことができず、大敗を喫することになる。このように、特定の手ばかりを出すという戦略では、大敗の可能性がある。同様に、「グー、チョキ、パーの順で出す」という一定のパターンを繰り返す戦略も、相手が「パー、グー、チョキの順で出す」という戦略をとれば大敗につながる。  実際にはお互いが相手の傾向を分析しつつ出す手を決めるということになるのであろうし、そうした数学モデルも作れるであろうが、今回は互いがグー、チョキ、パーを決まった確率で出すと仮定し、それぞれの手の確率の配分こそが戦略だと考えることにする。どのように確率を配分することがミニマックス戦略と言えるかが、課題だ。  授業ではまず、「グリコゲーム」に必勝法はないことを確認した。数学として扱うので、きちんと背理法で証明している(両者が必勝法をとれば両者とも勝利することになるが、定義上勝者はどちらか一方のみであるので必勝法があるという仮定が誤り)。その上でミニマックス戦略の考え方を紹介し、どのように確率を配分することがミニマックス戦略となるかの検討をさせた。 …と書くと、なんだかわけのわからない難しいことを中学生にやらせているように思われるかもしれない。だが、この授業では4名ずつの班に1台、iPadを用意しており、実際にはiPad上で表計算ソフトNumbersを操作するという活動が中心となるので、趣はかなり異なる。すなわち、各iPadにあらかじめじゃんけんゲーム30回戦をシミュレートするNumbers用シートを入れておき、確率の配分比率を入れれば30回分の勝負がシミュレートできるようにしてある。生徒たちは、自分と相手の比率を変え、何度もシミュレートを繰り返し、ワークシートに記録していくことになる。次回は、数学的にミニマックス戦略となる確率の配分が何であるのかを検討する予定だ。  結局、iPadを使うことで、お互いが一定の確率でじゃんけんをするシミュレーションを短時間で大量に行うこととなる。大量のシミュレーションを繰り返しつつ、極端にどこかの手を多くすると、相手が配分を調整すれば大敗してしまうことが実感として理解される。ICTを活用することによって、戦略についての試行錯誤が効率的にできている。ノート型PCやデスクトップ型PCと異なり、iPadは教室に持ち込みやすい上に数人でのぞきこみながら操作することにも向いている。(Excelに慣れた身にはNumbersが使いづらいのがネックであるが。)  ミニマックス戦略や混合戦略といったことは、教育内容としても重要であると考えている。一例として、教育と関連づけて述べよう。本日の「学校と教育」の授業でも話したのだが、経験ある教師が子どもに対して、時に、子どもにとって意外な対応をとることがある。たとえば、他の子どもに暴力をふるった子どもに対して、叱らずに親身になって話を聴き、途中ほめることさえある、ということがある。もちろんこうした教師も子どもをしっかり叱ることもあるはずであり、子どもから見れば予想通りの対応と意外な対応との両方がほどほどに混じってなされるように見えるであろう。もちろん教師にはその都度の対応に意図があるであろうが、長い目で見れば予想通りの対応と意外な対応との混合戦略をとっていると見ることもできる。このような混合戦略は、子どもが教師に一定の緊張感をもって接することにつながる可能性がある。  少し前までの感覚では、ミニマックス戦略を中学生に教えることには無理があると考えられるであろう。だが、数学研究自体がコンピュータの利用で大きく変わっているのに対応して、中学校の数学で扱える内容を変えることが検討されてよい。もちろんこの種の話をどのように教育課程に位置づけるかという問題は残るが、現状ではまずICTを活用することによって、従来は扱うことが考えられにくかった内容が扱えるということを確認していきたいと考えている。 (写真は、iPadで生徒たちがグリコゲームのシミュレーションをしている様子。) Dsc_0940