藤川大祐 授業づくりと教育研究のページ

藤川大祐のブログです。千葉大学教育学部教授(教育方法学、授業実践開発)。プロフィールは「このブログについて」をご覧ください。

真のフィルタリング利用率は23%まで急落している

去る6月16日(火)、自由民主党のプロジェクトチームに呼ばれ、青少年のインターネット利用の現状と課題についてお話をさせていただきました。その後、自由民主党からは提言が出され、国の政策にどのようにこの提言を反映させるかが検討されているようです。

2009年にインターネット環境整備法が施行されて以降、青少年のインターネット環境の整備の柱の一つが、フィルタリングの推進でした。内閣府「平成25年度青少年のインターネット利用環境調査」によれば、フィルタリングの利用率はピークとなった平成24年度は63.5%まで上昇していました(下図)。

Naikakufu25

ところが、平成25年度、スマートフォンが急速に中高生などに普及し、事態は一変します。上の図でも平成25年度のフィルタリング利用率は55.2%に急落しており、特にスマートフォン利用者については47.9%と低いことがわかります。

問題は26年度です。あろうことか、内閣府は調査方法を変えてしまい、経年変化ができない状態で調査結果を発表しました。「平成26年度青少年のインターネット利用環境調査」においては、機種ごとのフィルタリング利用率が発表されているのみで、以下のようになっています。

スマートフォン利用者 46.2%

携帯電話利用者 61.1%

スマートフォン利用者が50.0%、携帯電話利用者が20.3%なので、加重平均をとると、平成26年度のフィルタリング利用率は50.5%と考えられます。平成24年度から、63.5%→55.2%→50.5%と下落しているわけです。

しかしながら、これはなんらかのフィルタリング(あるいは機能制限)をかけているか、そもそもインターネットを使えないようにしているかの比率であり、十分なフィルタリングがかかっているかどうかは別です。スマートフォンの場合、次の三つをかけることで十分なフィルタリングがかかっていると言えます。

1)携帯電話回線にかかる「ネットワーク型」のフィルタリング

2)Wi-Fi利用時にも機能する「端末型」のフィルタリング

3)アプリに関するフィルタリングもしくは機能制限

平成26年度の内閣府の調査では、次のようになっています。

Naikakufu26

多くの人が1)はかけていても、2)や3)はかけておらず、三つともかけている人はせいぜい10%と言えます。これは、スマートフォン利用者のうちフィルタリングをかけていると回答した人の中での話ですので、インターネットが使えない設定にしている等の対応をしている人が1.8%いることも考えても、十分なフィルタリングをかけている人の割合は約7%と推定されます。

【2016年3月13日追記】インターネットが使えない設定にしている等の対応をしている人は0.6%でした。しかしながら、十分なフィルタリングをかけている人の割合を多めに推計していますので、この後の計算については修正せずにおきます。

とすると、十分なフィルタリングをかけている人の割合は、次のようになります。

スマートフォン利用者 7%

携帯電話利用者 61.1%

これで加重平均をとると、フィルタリング利用率は22.6%となります。

もちろん、平成24年度、平成25年度についても、十分なフィルタリングをかけている人の割合は少なくなります。これらの年にもスマートフォンのフィルタリング利用者のうち十分なフィルタリングをかけている人の割合を10%程度と考えると、それぞれの年のフィルタリング利用率は次のように推測されます。

平成24年

スマートフォン利用者(全体の19.7%と推定) フィルタリング利用率 7%と推定

携帯電話利用者(全体の35.1%と推定) フィルタリング利用率 63.5%(機種別のデータがないため全体の率を採用)

加重平均 43.1%

平成25年度

スマートフォン利用者(全体の34.7%と推定) フィルタリング利用率 7%と推定

携帯電話利用者(全体の24.8%と推定) フィルタリング利用率 66.7%

加重平均 31.8%

以上のように、十分なフィルタリングをかけている人の割合は、43.1%→31.8%→22.6%と急降下していることがわかります。少し前までフィルタリング利用率は6割程度と信じられていたのが、十分なフィルタリングをかけている人の割合は実質2割程度にまで落ちているわけです。

青少年インターネット環境整備法が想定したフィルタリングの普及による安全な環境整備の枠組みは、すでに崩壊しているとさえ言えます。いじめや犯罪被害も増えていると考えられ、この状況をどうするのかが問われています。