藤川大祐 授業づくりと教育研究のページ

藤川大祐のブログです。千葉大学教育学部教授(教育方法学、授業実践開発)。プロフィールは「このブログについて」をご覧ください。

大学入学共通テスト 今からでも「混合戦略」に舵を

【この記事は、2017年5月29日の教育新聞に執筆したものです。大学入学共通テストのあり方が問題になっていますので、編集部の協力を得てここに転載します。】

◇厄介な新たなゲームが始まる◆

本紙電子版5月16日付(紙版5月22日付)は「大学入学共通テストで方針案 国語と数学で記述式問題例」の見出しで、16日に公表された大学入試センター試験に代わる新たな試験の実施方針案について報じている。

同テスト(仮称)は平成33年度入学者選抜から導入予定で、現在の中学校3年生が大学入試を受けるときから適用される。高校等では来年4月から新入試を想定した指導を行う必要があるので、具体的な問題のあり方に注目が集まるところである。

だが、公表された記述式問題例からすると、厄介な新たなゲームが始まろうとしているといえそうだ。

国語の記述問題例は、回答が求める文字数が20字以内、35字以内と非常に短い。採点基準には基本的に中間点がなく、条件を全て満たしていれば正解、一つでも満たしていなければ不正解となっている。従って国語の記述問題では、解答者がそれぞれ自分なりに具体例等を入れながら説明したり、完璧ではないなりに途中まででも説明したりといったことは認められない。点数をとるには、自分なりの工夫をしようとは考えず、求められている要素を無駄なく入れ込んだ回答を書くしかない。

数学の問題例では、記述問題が限定されている点に注目したい。多くの問題は従来のセンター試験と同様に、マークシートで1文字ずつ数字や記号を入れていくものである。記述問題は、不等式や等式を用いて変数の範囲や変数同士の関係を示すもの、変数の値を場合分けして示すものだ。数学で記述式といえば、結論に至る道筋を説明し、論理の飛躍なく適切に説明しているかが問われるはずだが、示された問題は、結論だけを書かせ、途中の道筋については全く評価されない。

結局、示された問題例はかなり無理をしてなんとか記述式といえる問題をつくったものと考えられ、結果的に、これまで記述式問題として考えられていたものとは大きく異なる新たな種類の問題をつくってしまったといえる。文科省は、今の中3以下に対して、大学に入りたければこの新たなゲームで高い成績をとれるようにせよと言っていることになる。

◆求められる能力とは無関係になる◇

こうした問題例が特殊なゲームとなっているのは、大学1年生を対象に実施されたモニター調査実施結果からもうかがわれる。国語では記述問題全体の正答率が33・1%、数学では記述式だけをとると23・8%と低い。中には、国語では3・0%、数学では5・6%と低い問題もある。回答した大学生は「幅広い学力層からなる」とされており、それでも正答率が1割に満たないのは、問題がかなり特殊なゲームとなっているからとしか考えられない。

記述問題の導入は、国語では思考力・判断力・表現力を評価するためであり、数学では「数学を活用した問題解決に向けて構想・見通しを立てること」に関わる能力を評価するためであるはずだ。だとすれば、中間点を一切つけず、いくつかの条件を満たした回答であるか否かだけを評価するような問題は合わないはずである。このままでは、各教科で本来求められるはずの能力とは無関係に、共通テスト特有の問題に対応するスキルの習得のみを求めることになってしまうだろう。そうした特殊なスキルは、おそらく大学入学後に使われることはない。全国の若者に、他で使えない特殊なスキルの習得を強いるのは、近い将来の国力を大きく低下させることになりかねない。

なぜこうなってしまったのか。それは、思考力・判断力・表現力等の能力を全国一律のペーパーテストで問おうとするからである。思考力・判断力・表現力等は、現実の問題解決の文脈で発揮される能力であり、現在の技術では低コストで評価するのは不可能である。無理に問題を作れば、思考力・判断力・表現力等とは異なる能力を評価するものにしかならない。

◇純粋戦略では手詰まり状態に◆

ゲーム理論に「混合戦略」との概念がある。プレーヤーがいつも同様の手を選ぶのでなく、複数の異なる手をある程度ずつの割合で組み合わせて使う戦略だ。どういう戦略が有効かが分からない状況では、同様の手ばかり使う「純粋戦略」は大勝ちする可能性がある一方、大負けするリスクが高い。だから、先行きが不透明な状況では「混合戦略」をとり、状況に応じて複数の手を使う比率を修正していく。それが、大負けを防ぐには最善である。

今後の大学入試では「純粋戦略」でなく「混合戦略」がとられるべきなのだ。

大学入試は多様であってよく、一定の条件下で各大学が複数の異なるタイプの入試を実施し、状況をふまえて改善を続けるという方向に、今からでも舵を切るべきである。