藤川大祐 授業づくりと教育研究のページ

藤川大祐のブログです。千葉大学教育学部教授(教育方法学、授業実践開発)。プロフィールは「このブログについて」をご覧ください。

地震後2週間経過、テレビ番組の構成を考える

 今日で地震から2週間。当初からテレビのあり方、特に子どもたちに与える影響について意見を述べてきたが、現時点でのテレビの状況について考えられることを書いておきたい。昨日までもランダムにいろいろな番組を見てきたが、本日朝についてはチャンネルを替えながらいろいろな番組を意識的に見ている。以下は私が見た範囲の番組が根拠であり、私が見なかった番組で異なる状況が生じている可能性が否定できないことはお断りしておく。  3月14日の記事「地震から4日目を迎えて、テレビ各局へのお願い」で書かせていただいた内容については、大きな改善が見られていると感じている。すでに番組編成は基本的には通常に戻り、津波等の悲惨な映像が繰り返し流されることもなくなった。不適切なバッシングをしない等の配慮も見られる。各テレビ局が方針を公表しないことは残念ではあるが、日々変わる状況の中で試行錯誤を繰り返していると考えれば、方針の公表に踏み切れないことも仕方がないのかもしれない。  Twitterでの発言を探しても、テレビへの不満はかなり減っていると感じられる。試みに昨日、気になることはないかと問いかけてみたが、出てきたのは官房長官記者会見での手話の映像が民放では映らないことが多いという指摘のみであった。もちろん、手話についてはせっかくつけてもらうことができたのだから、ワイプで必ず入れる等の配慮をお願いしたい。被災地では字幕放送を見られないことも多いであろう。  他方、テレビ局、特に民放の番組のつくり方について、構造的な限界が感じられることを指摘しなければならない。民放各局の番組では、被災地のガソリン不足、原発から30km前後の地域の孤立、原発の状況、首都圏の水道水の放射能といったテーマを決め、そこにあてはまる情報を取材し、伝えるという形での番組づくりがなされている。このような番組づくりでは、取材の過程で新たな視点につながる情報が得られても、番組には反映されにくいと感じられる。被災地の状況も関連する専門的な知識もない芸能人等が、「水の買い占めはやめましょう」などというメッセージを発するだけのコーナーすら見られる。  テレビ局は、「伝える」ことが仕事だと考えているのであろう。だから、伝える内容を決めて、ひたすら伝えようとする。だが、現時点で必要なことは、一人一人の声をもっと丁寧に聴くことではないか。今、被災者や支援者で起こっていることは、当事者に発信してもらわなければ何もわからない。あらかじめテーマを決めてそこにあてはめる手法では、当事者は「聴いてもらえなかった」という思いを抱きかねない。そして、そのことはテレビ番組を通して、視聴者にも伝わってしまう。  私も経験しているが、テレビ局の取材を受けた人が「言わせたいことを言わせようとしていて、自分の話を丁寧に聴いてもらえない」という経験をしている人は多く、今回の震災はそうした経験を多くの人に広げてしまっている恐れがある。当事者一人一人の話を丁寧に聴き、問題解決についてともに悩み取り組むという番組づくりを検討することはできないのだろうか。今、テレビ局のスタッフは過酷な状況の中、多くの批判を浴びつつ、懸命に番組づくりをしているのだと思う。そうした努力を、方向転換をしながら進めてもらうことはできないのだろうか。  NHKの「あさイチ」では、地震保険、睡眠不足、肩こり等、被災者が実感として抱えている課題を専門家も招いて非常に具体的に扱い、番組では多くのFAXが紹介されている。これは、民放とは違う恵まれた条件で番組づくりができる、NHKならではのやり方なのかもしれない。ぎりぎりの予算で動いている民放では、そんなことはやれないと言われそうである。だから、NHKと比較して民放を批判することは、避けたい。民放ならではの工夫で、当事者の声を丁寧に聴く番組をつくってほしい。 【追記】(2011.3.25 9:57)  本日Twitter「日テレ「スッキリ!!」。ペットボトルの買い占めが不要ということを出演者一同で訴えています。が、こういうことを言えば言うほど不安になるということ。善意はわかるのですが、騒がないという選択肢もあるはず。」と書いたことについて、以下補足させていただきます。 「~をするな」という主張は、そのことの深刻性を印象づけます。「~をしよう」という肯定的な主張がなければ、不安をあおるだけです。看過せよということでなく、表現に工夫をと主張いたします。タレントさんが根拠なく買い占めをやめようと言うのでなく、水道水をより安全に使うノウハウを伝える等、違う方法を工夫していただくことはできないのでしょうか。