藤川大祐 授業づくりと教育研究のページ

藤川大祐のブログです。千葉大学教育学部教授(教育方法学、授業実践開発)。プロフィールは「このブログについて」をご覧ください。

教育委員会がなぜ法令違反の対応をしてしまうのか

10月21日(月)に発表させていただいた流山市教育委員会の法令違反かつ不適切ないじめ問題への対応に関して、どうして教育委員会が法令違反の対応をしてしまうのかと、記者の方などから繰り返し問われます。私が流山を含めいくつかの教育委員会と関わらせていただいた中で考えていることを書かせていただきます。

 

1)孤軍奮闘

流山市教委の場合、いじめの問題に対応するのは、指導課に配置された1名の指導主事でした。何かがあれば、指導課長や課長補佐、他の指導主事がサポートするということになります。

私が流山市いじめ対策調査会(以下、「調査会」)の委員をつとめていた4年間で、担当指導主事をなさった方は3名おられます。どの方もいじめ問題に真摯に対応しようと、大変熱心に仕事をされていました。

ただ、担当指導主事は常に孤軍奮闘しているように見えました。あまり深刻でない問題であれば、一人で学校と連絡を取りながら対応すれば、それで十分なのかもしれません。しかし、深刻で前例がないような事態に対応するには、市教委内でさまざまな検討が必要であり、役割分担も必要です。しかし、組織風土として、組織できちんと相談することがあまりできていなかったように思います。

2)物言わぬ役職者

上記とも関連しますが、本来、いじめ問題への対応については指導課長が責任をもち、最終的な責任は教育長にあります。しかし、私が関わった指導課長にはリーダーシップをとる様子はほとんど見られませんでした。

本来、調査会の委員を委嘱する際には、責任ある立場の人(指導課長なり教育長)が、各委員にしっかりと挨拶し、いじめ問題が起きたら調査にあたってもらう重要な組織の委員を委嘱していることを説明し、協力を求めるということがあるはずです。しかし、歴代の指導課長からはそうした話を聞いたことがありません。教育長に至っては、重大事態の調査がかなり大変な状況になっても、調査会委員に対して直接話をされることは一切ありませんでした。

いじめ問題への対応の経緯についても、指導課長は通り一遍のことしか把握していないようで、深刻な問題についてリーダーシップをとり、担当指導主事と綿密に打合せをしながら対応しているとは考えにくい状況でした。

結局、指導課長や教育長といった役職者は、現場に近い面倒な問題について汗をかくことはしない立場ということになっているようで、何かがあっても「認識が違う」「認識が甘かった」というような大まかな説明だけして、やがて任期が終わるという状況になっているようです。こうした役職者には前例と違う対応は期待できませんから、いじめ問題に真摯な対応をしない例が重なればそれが変わることはないわけです。

3)外部との交渉の弱さ

こうした市教委の状況は、外部との交渉の弱さにつながります。

調査会の委員は教委から見ると外部の専門家です。こうした外部の専門家に対して、当初、担当指導主事はひどく遠慮がちであるように見えました。このことは、会議の日程調整に端的に表れています。委員の日程をきちんと調整して、多くの委員が出席できる日程で会議を設定するということができないのです。遠慮がちに日程を通知し、出席できないと返答するとそれ以上の調整が行われることはありませんでした。

また、会見で発表したように、調査会発足から2年以上にわたって会長が決まっていなかったのですが、担当指導主事はこのことに気付いていながら、調査会委員らに対して、出席者は少ない中だが会長を決めてほしいと言うことができていませんでした。

重大事態の調査を調査会に委託したつもりだったのにできていなかったということが出てきていますが、これも調査会の委員に対して明確に物を言えないことの反映だと考えられます。本来、会長の決まっていない組織に依頼をするというのは無理がありますし、調査を依頼したのであれば教委が資料を提出したり関係者の聴取の日程を調整したりといった業務を担う必要がありますが、そうしたことはなされていませんでした。本当に調査を依頼したつもりなのであれば、もっと具体的に調査をどう進めるかについて話がなされなければならなかったのですが、そうしたことができていないのは、ある意味で交渉が下手だということの表れなのだと思います。

4)法令を見ない

そして、市教委の方々は法令を踏まえて動くことがあまりないように思われます。孤軍奮闘する指導主事は、法令を確認せず、上司の考えを忖度したり、被害者側からの要望に応えたり、調査会の委員にうかがいを立てたりして問題に対応するのですが、法令に基づくということがありません。指導課長も、法令に関係する説明ができておらず、法的な理解に関して問うても誰も答えられない状況が続きます。

当然、私たち調査会では法令に基づいた対応をしているので、市教委にも法令に関係する話をする機会がありますが、重大事態の調査が始まっても、市教委担当者は法令を確認して話す様子はなく、何度か「あなたたちが作った条例を読んでいないんですか」というお話をしたことがあります。

教育行政を担う市教委が法令を見ないということが想像されにくく、外部の関係者は市教委は当然法令に従って動いているということを前提にします。外部の関係者が実は法令を見ていないのではないかといことに気付くまで時間がかかり、気付いた時点では事態はかなりこじれているということになります。

5)組織風土の問題

以上のように、流山市教委には組織風土に深刻な問題があります。すなわち、担当者は孤軍奮闘し、役職者は問題に深入りしないため、組織で連携した対応ができません。しかも、法令を見て対応されることがないため、容易に法令違反が起こります。外部の人とうまく交渉することもできません。

このような状況ですから、たとえばいじめ被害や体罰被害を保護者が申し立てても、熱心そうな指導主事がきちんとやってくれるのかと思えば、法令違反の場当たり的な対応を熱心にされるだけということになり、問題がより複雑にこじれることになるわけです。

本来、行政組織が法令に従って動くべきことは当然ですし、法令に従わなければ判断の根拠を示すことができない場合が多いはずです。そして、前例のない難しい案件に対応するためには、組織内で上下関係なく相談をするとともに、外部の専門家とも遠慮なくコミュニケーションをとり、多様な知見をふまえる必要があります。

 

今、全国各地で教委が法令違反のいじめ対応をしていることが報じられています。ここで述べた状況は決して流山市だけのことではなく、法令違反が指摘されている多くの教委に共通することではないでしょうか。

教委の個々の担当者は決して悪人ではないでしょう。しかし、組織を動かせなかったり法令を見なかったりする担当者は、いかに熱心であってもそれでよいということにはなりません。他の組織との人事交流を進める等して、組織改革を早急に行う必要があります。

流山市教委は、最終報告が出たら再発防止策をとると説明しているようです。しかし、調査会の委員が全員退任した後の新たな調査会が調査を再開して最終報告を出すにはまだ時間がかかるはずです。そもそも現在の調査会の委員のプロフィールが明らかにされておらず、被害者も人選について同意しないのではないかと考えられている状況です。私たちが出した2回の調査報告書で、教委の問題は十分に指摘されています。最終報告を待つというのは問題の先送りに過ぎません。ぜひ、今すぐ再発防止のための組織改革を始めてほしいと思います。